2005年 08月 09日 ( 1 )

パソコンで打った文

40過ぎると自分の顔に責任を持て。
書は人格を現す。
古くから言われてきた言葉である。

上のこと、全て不適格である。
自分自身の写真を撮られるのは嫌いであり、また悪筆の代名詞みたいな人間である。
そんなことから、文書を書くのも大の苦手であった。
最近、パソコンが普及しだしてから、なんとか書けるようになってきたのは、劣等感に悩まされることなく書くことが出来るようになったからである。
文明の利器さまさまである。

しかし、「家と人」編集長の加藤氏の文に
「文章だって、1文字1文字、慈しむように書くと
行と行の間に、ほんわかした温度が宿ってくるのがわかる。
厳密にいうと、原稿用紙に手書きで書いた文章と
パソコンで「打った」文章では、明らかに、艶のようなものが違う。
「オレ、大事に撮っているからね、書いているからね」
という言葉=思いが、
そこにあるのとないのと、まったく違うようである。」

こんなこと読んでみると、冷たい文しか書けないのだろうか。
一応は、努力・努力・・・・・・で文に慣れようと思ってみる。
by zawawam | 2005-08-09 15:49 | ざわわ日記